創作同人サークル『Fal-staff』

○欲しい機能、要らない機能

 クルマを所持し、運転なさるお歴々。何故、皆さんは定期的に車を買い替え、乗り換えているのでしょう?
 多くの方は『旧式化したから』『寿命だから』『新しい車の方が面白そうだから』と云う理由で買い替えを行っているのではないでしょうか。
 しかし、愛着を持って接する方の中には『この車でないとダメなんだ』という拘りを持った方もいらっしゃると思うんです。

 どちらが正論なのかは、正直言って判断できません。いや、各々の主観に依る事ですから、結論付けてはいけないのだと筆者は思っています。
 しかし、パソコン周りの事情についてはそうは言っていられません。少なからず、新技術の導入は必要になって来るんです。

 ――おいおい、前と言ってる事が変わってね? と早合点しないでくださいね。
 筆者は『新技術の導入』そのものに否定的なのではないのですから。

 『温故知新』という故事があります。コレの意味について説明は不要かと思いますが、敢えて。

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 過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと。
 [補説]「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」と訓読する。「温」を「あたためて」と読む説もある
 (『デジタル大辞泉』より)

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 早い話が、古いものを大事にしつつ、新しいものも取り入れて行こうじゃん! と云う事な訳ですが。残念な事に、デジタル業界では『古いものを大事に』と云う部分が疎かになっているんです。と云うか、敢えて切り捨てて行かないと拙い理由が在るんです。

 その代表格が、前項でも触れた『ウィルス』の蔓延です。
 多くのパソコンは現状、インターネットと云う環境に接続することでその機能を充分に発揮できるように作られています。が、その環境を得る為には、素潜り状態では大変に危険であると既にお話ししたかと思います。
 ウィルス――ネットワークを介して破壊工作や悪行を行う為のプログラムの総称で、正しくは『コンピュータ・ウィルス』と呼称します。これらは『クラッカー』と呼ばれるプログラミングの達人が作成し、ネット上に散布しているのです。
 これに対抗するために、ウィルスを無効化するプログラムを開発する会社が存在し、素早く対応してくれていると云うのが現在の状況です。要するに、悪戯坊主と熱血教師のいたちごっこの拡大版ですね。

 そして、ウィルスの大半は『旧退化したOSやアプリケーションの隙間』を探し、そこから各々のパソコンに侵入して、そのユーザーが他者との連携を取った際に相手のパソコンにウィルスを植え付け……と云う動作を逐次繰り返していくのです。この『OSやアプリケーションの隙間』の事を、業界では『警備の甘い箇所から泥棒が侵入する』事に例えて『セキュリティホール』と呼称しています。
 OSやアプリケーションがまだ現行版のうちはメーカー側がサポートしてくれるので、セキュリティホールも逐次埋められていきます。が、世代交代が行われて旧式化した後は、サポートも打ち切られて放置されてしまうのです。依って、メーカーでは旧OSやアプリケーションは使用せず、新しいものに換えてくださいと謳うのです。

 これが『定期的にOSやアプリケーションが進化していく』理由として最も大きなものですが、これ自体は間違った事ではありません。寧ろ必要な事として受け容れるべきでしょう。
 しかし、問題は『これによって、古い機能が失われて行ってしまう』事にあるのです。

 確かに、新技術の導入やウィルスに対する備えと云う観点からは、新型OSの導入は歓迎すべきでしょう。ですが、旧機能の喪失も小さな問題ではありません。前項までに述べたように、それによって切り捨てられていく機材や機能も多々あるからです。

 では、どうすべきか。これについて、筆者は斯様に結論付けています。

 まず、新しい環境(プラットフォームと呼びます)の整備は必要でしょう。これは否定しません。が、この上でも動作する旧機能の余地を残すべきだ、と云う考え方です。
 冒頭で、クルマの話を例えに出しましたが。オートマ限定の方はともかく、マニュアル車の運転が出来る方は、最近MT仕様のクルマが減ってしまった事に寂しさを感じる事、ありませんか?
 確かにオートマ車は運転が容易で、操作に集中しなくてはならない分の神経を周囲の観察に向けられるから安全面でも優秀であると思います。しかし、代わりに『操縦する楽しさ』を失ってしまっているのです。

 一部のOSやアプリケーションでは、そういった『旧機能の方が良かった、使いやすかった』とする意見を聞き入れて、『クラッシック』と呼ばれるインターフェイス(操作機能)を選択できるようになっているものもあります。しかし、それだけでは足りない、補いきれない機能があります。それが、デバイスドライバの非対応化や機能の喪失、果てはアプリケーションの実装拒否だったりする訳です。
 これらの問題は、プログラムの調整で幾らでも補正できる筈なのです。だって、それが動作する機械は共通なのですから。
 『プログラムが書き換わって新しくなった、だから古い機能は使えませんよ』と云うのは、メーカー側の言い訳に過ぎない。筆者はそう考えています。

 新プラットフォームの実装で『ウィルスに対する堅牢さ』や『嘗ては無かった新たな機能』を提供し、且つ古い機能を残して旧式化した装置も限界まで利用できるよう配慮する。これこそ、デジタル業界の『温故知新』なのではないでしょうか。
 既に述べている通り、旧機能をそのまま残す事が難しいなら、新たな技術でそれを再現すればいい。それは絶対に、不可能な事では無い筈です。

 以上、私の体験談から持ち上がった疑問を、エッセイと云う形で表現させて頂きました。
 多くの反響があります事を切に願い、一旦筆を置きたいと思います。

 また新たな議題が出たり、皆様との交流で得られた御意見等があれば、加筆していくかも知れません。その時はまた、宜しくお願い申し上げます。


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