創作同人サークル『Fal-staff』

『時空(とき)渡りの弓騎士』

 今日もまた、何人かの仲間が人間たちに連れられて行く。彼らは決して明ける事の無い夜を作り出す世界樹への生贄として捧げられる為、二度と戻る事の無い暗い廊下を通り、生気の無い瞳で前だけを見ながら歩いて行くのだ。
「おい、何時まで連中に好き勝手させておくつもりだ? ラフィルよ」
「……僕達がジタバタしたところで、何も変わらないよディー。成るようにしか成らないんだ、落ち着きなよ」
 責められているのは、今や人間たちに支配されて奴隷と化している神族の王子・ラフィルだった。が、彼を叱咤する青年・ディーは頭に血を昇らせ、ノンビリ構えてすっかり腑抜けとなってしまったラフィルに対して断固たる態度で接していた。
「俺達の祖先が撃ち込んだ核が原因でこの歪んだ世界が出来上がってしまった、それは事実だろう。だがな、何時までも昔の事をネタに強請られる言われは無い筈だぜ」
「しかし、世界樹を何とかしない限りは状況は変わらない、そして今のところ世界樹に対する対策は何も無いんだ」
「……!! オマエがそんなスタンスだから、俺達の同胞は……もういい!」
 ふぅ、と苦笑いを浮かべながら、ラフィルは去って行くディーの後姿を眺める。と、そこに彼の侍女であるニーナが近付き、今のディーの行動をフォローするように言葉を紡いだ。
「ラフィル様、些か乱暴ではありますが、兄の言も尤もです。何故、人間たちの言うなりになっておられるのか……その真意だけでもお聞かせ頂けないでしょうか?」
「いま言った通りだよ、ニーナ。世界樹に対する対策は今のところ無いんだ」
 そう言って、ラフィルはニーナの小言も退ける。今の彼は傍目には完全に闘志を失った、腑抜け王子である。
「それは事実ですが、民の不安は高まる一方。堪え切れずに暴動を起こす者も出ております……これも放置するのですか?」
「無い袖は振れない……これ以上言う事は無いよ。さ、君も下がって。こんな話を聞かれたら、連中を怒らせるだけだよ」
 フイと背を向けながら、ラフィルはニーナに下がるよう命じた。その言葉に従い、ニーナも諦めたように去って行く。だが、その時誰よりも怒りに打ち震えていたのは、他でもない……ラフィル自身だったのだ。
(母上……お祖父様たちの行いを、今更論議したところで何も始まらないのは分かっています。が、民の不安は最早、止まる事なく高まるばかり。これ以上抑える事は出来ません……僕はどうすれば良いのでしょう!? 教えてください!!)
 既に世界樹の生贄となり、亡き者とされた母の顔を思い浮かべながら、ラフィルは敢えてうつけの面を被り、素顔を隠して心の中で涙を流し続けるしかなかったのだ。今、一番吠えたかったのは彼だったのかも知れない。

*****

「モタモタするな、早く歩けぃ!」
 異形……元は人間であったが、世界樹の吐き出す瘴気によって変化してしまった存在。その一団を束ねる将が、神族を生贄として捧げる準備をする人間たちを怒鳴り付けていた。
「王様、本日の生贄で御座います」
「……神族の衆よ、世界樹の怒りを抑える為にお前達の命を犠牲にする事は本意ではない。しかし、これこそが唯一残された生存への道なのだ。世界を救う礎となる事を誇りに思うがいい」
「連れて行けい!!」
 将の号令を合図に、雑兵たちが神族の民を連れて行く。その様を将は嬉々として眺め、いい気味だと哂う。だが、王はその様を見て、思わず顔を顰めていた。
(愚劣なり……このような行いを赦す事こそ、最悪の所業……)
 彼ら異形は、元は人間であった者が世界樹の瘴気により毒され、変化して誕生した存在。そんな彼らが、そもそもの原因を作った神族に対し敵意を持つのは止むを得ない事であろう。しかし、世界樹は全ての生きる者にとって共通の敵。その誕生の経緯はどうあれ、諍いを続ける事に最早意味は無いのだ。それを承知していながら、敢えてこのような行いを続け、世界樹を欺いて反撃の機会を覗うしかない事実に、王は激しい怒りを覚えていた。
「王様、このような世界を作ったのは彼奴らですぞ。躊躇われる必要は無い筈です」
「……良い、下がれ。見ていて気分の良い物ではない」
 王は顔を背けたまま、将に下がるよう命じた。彼自身、かなりの嫌悪感を抱いていた事は間違いない。 
(ラフィルよ、許せ。今は我にも、お前を救ってやれる手立てが無い……今は時を待つしかないのだ……)
 そう、王は既に神族との諍いに終止符を打ち、ラフィルと手を携える事を望んでいたのである。が、それを世界樹に感知されるのは、まずい。依って、今のスタンスを保ったまま時を待つしか手立てが無かったのだ。そして無力な自らの立場を心底から呪い、ラフィルの身を案じていたのだった。

*****

「なっ、何をするんだ!」
「口答えは許さぬ! ……異形の軍団が、この城に攻め込んで来たのだ。彼らは神族の中でも位の高い者を差し出せば、軍勢を引くと約束して来ている」
 ディーとニーナが、人間の雑兵に捕えられようとしていた。その様を見て、流石のラフィルも座視は出来ず、思わず抗議の声を上げた。
「待て! そのような事情なら私を捕えれば良かろう、何故に彼らなのだ!」
「うつけ王子、貴様にはまだ利用価値がある……だから手は出さぬ。つまり、その側近であるこ奴らが適任なのだ!」
「やめろ、連れて行くなら俺だけにしろ! ニーナには手を出すな!」
「口答えは許さぬと……言った筈だ!!」
 剣の柄で思い切り殴打され、額から血を流すディー。そして彼らは荷車に乗せられ、連れ去られてしまった。
「王子! あんな横暴を許していいのですか!?」
「分かっている、分かってはいる……しかし! クッ、何故……皆、戦う相手を間違えている……それに何故気付かぬ!」
 思い切り唇を噛み締めるラフィル。だが、ディーとニーナを乗せた荷車は既に視界の外、制止しようにももう声は届かない。
(倒すべき敵は世界樹だ、人間でも異形でもないのだ! 人間の側も、畏怖の対象に従って生き延びようとするのは分かる、しかし余りに短絡的すぎる! 神族の高位者を差し出せと云うのは虚言だ、何の根拠もない!)
 血が滲むほどに強く拳を握り締め、怒りに打ち震えるラフィル。そして、彼に対し浴びせられる非難の数々……世界樹を打ち破る手立てはまだ無いが、最早彼がうつけ者の仮面を被り続ける事は許されなかった。

*****

「ようこそ、神族の王子の側近たちよ……今宵の世界樹は特にご機嫌斜めでな。何時もの生贄では満足できぬと申されてな」
「それで、俺達か……いつかは順番が回って来るとは思ってたけどよ、もう少し丁重に扱って欲しいもんだな」
 ディーの前に立ち塞がるのは、先の愚将だった。ディーたち兄妹を生贄に選んだのは、どうやら彼の一存であったらしい。その証拠に、普段ならば生贄に捧げられる前に王に謁見し、見送られるという段階が省略されている。つまり、これは愚将の独断で行われた『戯れ』である事は間違いなかった。
「一つ、聞かせて欲しいんだけどよ。人間が世界樹に怯えるのはまだ分かるとして、既に瘴気を浴びて変化した貴様らが世界樹に頭が上がらねぇのは何故なんだ?」
「知れた事よ……世界樹は、いつか我らを元の姿に戻してくれると約束してくださっている。だからその日が来るまでは命令に従う! 至極簡単な事なのだ」
「戦おうとはしない訳か……とんだ腰抜け集団だな、貴様らは!」
「黙れぃ!!」
 後ろ手に拘束され、自由の利かないディーの顔面に、愚将の爪先が直撃する。その勢いで吹き飛ばされて倒れるディーを、ニーナが庇おうとする。
「兄上! ……アナタ達の卑劣さは良く分かっていたつもり……でも、ここまで腐っていたとは思わなかった!」
「ほぉ……そのような物言いが、許されると思ってか小娘!!」
 パン! と乾いた音が木霊する。そして口の中を切ってしまった為に口許から血を流すニーナの頬を掴み、無理矢理に自分の方へ目を向けさせる愚将。その顔は酷く歪んでいた。
「ふん……このまま生贄に差し出すには、些か惜しいな……」
「な、何を……!!」
 刹那、愚将の手がニーナの胸元に掛かり、衣服を引き千切っていた。露わになった白い素肌に、愚将は益々醜く顔を歪める。
「何しやがる!!」
「クククク……生贄に差し出す前に、ちょっと楽しませて貰うだけの事よ」
「ざっけんな! 俺の目の黒いうちは、そんな事……カハッ!」
 自分を庇って盾となったニーナを、今度はディーが救おうとして愚将に飛び掛かる。が、両腕の自由を奪われた状態では、攻撃も加えられずにみすみす的になりに飛び出していくに等しい。ディーはその鳩尾に拳を喰らい、床に崩れ落ちてのた打ち回った。
「ラフィル様の代わりとなって、この命を投げ出す事は厭いません。しかし、このような愚劣な行いを平気で……何処までも腐っていらっしゃるようで!」
「減らず口を叩く余裕があるのか? 小娘。尤も? その姿では、何を囀ろうと格好は付かぬがな」
「クッ!」
 上半身を露わにされた状態で、屈辱に耐えるニーナ。だが、その瞳には激しい闘志を表す炎が宿っていた。
「……まだ、抵抗する気位があると申すか……流石は気高き神族の末裔、賞賛に値する! しかし、何時まで強がっていられるかなぁ!?」
 自分より優位に立つ愚将に対し、尚も強気を崩さないニーナ。普段は温厚さが服を着て歩いているような、優しい印象を与える彼女が此処まで怒りに打ち震えるのは珍しい事であった。然もありなん、今迄に無い程の辱めを受け、更に間もなく生贄としてその命を絶たれようとしているのだ。此処で平然としていられるとすれば、全てに対し達観した仏の所業を以てして、初めて見られると云うものだろう。
 そして、ニーナの白い肌に愚将の舌が触れようとした、その刹那……一条の矢が彼の周りを固める雑兵の一人を掠めた。
「な、何奴……」
 矢を掠められた雑兵は、その場に膝を折って倒れ込んだ。死んではいない、しかし意識は喪失していた。
「少し、眠っていて貰います。悪いけど仲間を……友達をこれ以上傷つけられたくは無いので」
 そこに現われたのは、一対の翼をはためかせた神族の王子・ラフィルだった。
「野郎……遂に立ち上がりやがったか!」
「ラフィル様……まるで別人のよう……」
 生贄となる寸前であった二人の前に、何時もの『うつけ王子』の姿は無かった。そこに在ったのは自らの正義を信じ、仲間を救う為に決起した戦士の姿であった。
 彼の放つ矢は、雑兵たちを確実に仕留めて行った。だが、何故かラフィルの顔は悲しげだった。放つ矢が相手の身に突き刺さる事は無く、軽く薄皮一枚をこそぎ落とす程度に掠め、眠り薬で意識を奪っているだけなのにも拘らず、である。
「僕に、もう矢を使わせないで……誰も傷つけたくない、皆で生き残る為に助け合うべきなんだ」
 それが彼の本心だったのだ。だが、愚将はその言葉すら踏み躙り、ラフィルに対し罵声を浴びせる。
「そのような綺麗事を……我らをこのような姿に変えたのは貴様ら神族だ! その償いを貴様らに求めて何が悪い!」
「……お考えを、改めては頂けませんか……さもないと私は貴方を討たなくてはならなくなります。確かに、世界樹を誕生させる要因を作ったのは我らの祖先。しかし、今は人間も異形も、そして我々神族も……いがみ合っている時では無い筈です」
「笑止!」
 次の瞬間、彼の手には麻酔付きの矢では無く、本物の毒矢が握られていた。が、ラフィルは未だその矢を射る事を躊躇っていた。この将とて、世界樹に怯える者の一人に過ぎない。その事を良く理解していたから。
「ラフィル! 何を躊躇ってる、撃て!」
「ディー、口を挟まないで! お願いです……私は、誰一人として犠牲にする事なく、世界を救おうと願っているのです!」
「くどい! 幾歳年月を重ねようとも、我らが貴様ら神族を許す日など、訪れる事は無い!」
「飽くまで、お考えを改めては戴けませんか……止むを得ません、お覚悟を!」
 ラフィルが狙いを外す事は無い。そして放たれた矢は、確実に愚将の急所を捉えていた。しかし、矢が放たれたのと同時に、ラフィルの目からは涙が零れ落ちていた。
「何の為に、今まで悩んでいたと思って……」
 彼のその呟きを聞いた者は、誰も居ない。

<了>






この作品は昔、有償依頼で書かせて頂いた中の1本なのですが。
納品から5年以上が経過し、且つ、この依頼を仲介した企業様との契約も既に切れておりますので、此方に掲載させて頂く事にしました。
私としては滅多に書かない、ファンタジー物の短編なんですけどね。まぁ、当時は色んなジャンルに挑戦しようとしておりましたから(笑)

文字数の上限があったり、名前を付けたキャラクターの人数も3人までに制限されていたりと、色々な制約を課せられた中での執筆であった為、他の作品と比して描写が足りていない部分も散見されますが。
仕事として文章を書くと、大体こういう風になっちゃうんですね(苦笑)

(2014年11月19日執筆 2020年8月19日掲載)


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